ドライクリーニング略史 最新情報

ドライクリーニングの歴史 3 飛翔期

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 欧米で本格的なドライクリーニングシステムが確立されたころ、日本のクリーニング業界は一言で言えば「模索中」であった。業態が本格的に確立できぬ状態で戦争に突入したことにより、欧米に大きな後れをとった日本のクリーニング業界。それは戦後になっても取り戻すことは容易なことではなかった。

日本の業界動向

 日本のクリーニング業界はようやく戦時統制から脱却し、民需クリーニングへの転換が行われたところだった。当時の日本のクリーニング業の姿といえば、得意先を回り衣類を集める多くの「洗濯屋」と、その「洗濯屋」を回るホールセールと呼ばれる数少ない「ドライ屋」で構成されていた。

 情報が少なく資本の蓄積が乏しかった当時の業界では、多くの業者は単独でドライ設備を持つことが難しかった。中には自前設備に踏み切る業者や近隣業者と組んで協同組合を作って設備する業者もいたがそれは稀なケースで、ホールセールに外注するスタイルが一般的だった。

 そのような「洗濯屋」は代わりに水洗できるものは自家処理を行なっていた。また「ドライ屋」に出すのには当然ながらお金がかかるので「ドライ料金」が設定され、外注に出さないものは背広であろうと自家処理を行なった。

 また「ドライ屋」の多くが有機溶剤ではなく、石油系溶剤を使って洗濯を行い、乾燥させずにそのまま洗濯屋に送り届けていた。日本のクリーニング界はあらゆる面で欧米に大きく後れをとっていたのである。

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高度経済成長時代

 1958年(昭和33年)には本格的な業界組合団体、全国クリーニング環境衛生同業組合連合会(全ク連)が結成された。これは国の各生活環境衛生業界の業界レベルでの一元管理を狙っての促進策によるものだった。こうして日本の業界はこうして徐々に形作られていく。

 日本のクリーニング業界が形作られたのに合わせて、日本は高度経済成長時代に突入する。それにつれてクリーニング需要も急増した。人々の暮らし向きが豊かになり、衣類にもお金をかける余裕が生まれたのである。特に都市部では会社勤めの人々が増え、背広やコートを着用する人が増え、より需要が増した。

 こうした需要を吸収すべく、各洗濯屋では地方から出てきた多くの若者を雇い入れ賄った。オープンワッシャーも脱水機も手回しで、洗うのも干すのも全て人力。仕上げと言えばバキューム機能のない仕上げ台に重い電気アイロンのみで行っていたこの時代は、需要増に対応するには人手を増やすしかなかった。

 しかしこの需要増によって日本のクリーニング業界は資本の蓄積が進み、多くの人材を受け入れることに成功した。これによって次なる飛躍発展の機運が醸成されていく。

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コールドマシンとホットマシン

 洗濯需要の増加は何も業務用だけではなく、家庭向けでも同じだった。昭和30年代には二槽式洗濯機が登場し、家電各社はしのぎを削っていたが、1965年(昭和40年)には東芝が洗濯機能と脱水機能を一体化させた家庭用全自動洗濯機を発売する。

 これに呼応するかのように業務用でも洗濯と脱水、それにタンクと浄化装置を一体化させた機器が生まれた。この機器は当時ホールセールで多く使われた石油系溶剤(ゾール)で洗える機械で「コールドマシン」と呼ばれ、三洋電機や稲本製作所など、同時期に多くのメーカーから発売された。

 一方、海外で使われていた有機溶剤のパークを使う「パッケージ機」を日本でも本格的に導入しようという動きが強まった。三菱重工が独パーマック・ベーヴェ社と、東京洗染機械製作所がネイル・アンド・スペンサー社とそれぞれ技術提携を行い、国内製造のパッケージ機の販売を開始。また丸紅や伊藤忠などの商社も海外メーカーのパッケージ機を輸入販売した。

ベーヴェ社のパッケージ機

 これらの動きに設備を持たない多くの業者が飛びついた。外注に出していたものが「内」でできる、これは大いに魅力的なことだった。ただ乾燥機能のない「コールドマシン」と入れれば乾燥して出てくる「パッケージ機」では値段が大きく違い、多くの業者は高額なパッケージ機に手出しできず、コールドマシンを選択した。

 規制によって引火性溶剤が使えなかった欧米と違い、そのような規制のなかった日本では、設備がパッケージ機より安く、溶剤が手に入りやすいゾールは業者にとって容易に導入しやすいドライシステムだった。一方「ホットマシン」と呼ばれ、機械に衣料を入れれば洗浄から乾燥までを30分前後で行う高い生産性と、ゾールではできない溶剤回収によって液が減りにくいパークは、敷居が高いがランニングコストが低いドライシステム。

 こうしてパーク一本の欧米と異なり、パークとゾールの二溶剤が並立するという日本独特の業界構造が成立した。

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Vivente
現役クリーニング事業者。妻と二匹のネコと暮らしながら、整理術やくらし術、生活家電や機器、、著名人のなどの研究を行っている。プロフィールはこちら

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